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第2回定例会報告 2009年3月

テーマ・・・陰虚(水・血の不足)
     「陰」の不足を改善するために「気」を補う効果が生かせる生脈散(麦味参顆粒)
報告者・・・大熊薬局 大熊俊一

 栃木中医薬研究会の2009年3月の定例会では,中医学講師の陳志清先生に,「陰虚」に関連する疾患の基礎改善および予防に活用する方剤として,生脈散(麦味参顆粒)を中心に,六味地黄丸の加味方剤(八仙丸,杞菊地黄丸,瀉火補腎丸,耳鳴丸)や天王補心丹も含めて,新たな視点からの方剤学の講義をしていただきました.

 中医学の理論が,中成薬を扱う現場での各会員の経験をいかに明快に解釈し,また,様々な相談者に対する実際の応用をいかに正しく導くための頼りになるか,あらためて学び直すことができた有意義な勉強会でした.

生脈散の活用経験

陳先生の講義に先立ち,生脈散の顆粒製剤として麦味参顆粒を扱ってきた薬局・ 薬店として,成功例・失敗例や,どんな疾患や状況に活用できるか,各自の経験と印象などを会員どうしで出し合いました.

 単なる感冒から通・入院治療の必要な病気まで含め,広く発熱性・消耗性疾患の 治癒後の体調回復とか,「心」や「肺」の弱まりに関連のある慢性疾患の長期療養者や病弱な高齢者の体調維持などは,体力(「気」)と体液(「津液」)を補う効果のある 生脈散の活用対象として,相談数・愛用者数が多く,劇的な回復例などの話題にも事欠かない分野と言えましょう.

 仕事のストレスが多く,慢性疲労を訴える40~50歳代の男性の「気」が不足し やすい体質を改善する場合に,潜在的な「精」の不足も考慮して参馬補腎丸などの服用を勧めたいと思っていても,実際には,「陰」が不足しやすい体質も併せ持つ 人が多く,複数の中成薬の併用が経済的理由などで許されなければ,「気」と「陰」を補う生脈散を改善の第一歩として選ぶ機会が多いのも事実でしょう.

 女性の場合でも,不妊症や更年期障害などの基礎改善の過程において,様々な 生活要因で変化する体調の要素の中に「気」と「陰」の不足がいっしょに出現することはよくあることです.このような局面に,体調を調整するための有力な補助的手段 として生脈散が活用できることは,多くの会員の共通の認識のようです.

人体の3要素「気」・「血」・「水」の役割を考える

 以上のような実情を踏まえて,陳先生の講義へと移りました.中成薬の効きめを 説明するには,まず,人体生理の仕組みを考えることから始めなければなりません.漢方では,人体は「気」・「血」・「水」という3要素から構成されると考えます.「水」を この意味で用いるのは日本漢方に独特な表現ですが,日本では広く一般に知られた表現でもあり,中国漢方(中医学)における「津液」と「陰」の両方の性格をもつ第3 の要素の設定は説明にも好都合な面があるため,陳先生もあえて「水」の理論を採用しました.生脈散は「気」と「水」を補う方剤ですが,中医学の理論によれば,さらに, 「血」の不足や停滞の改善にも役立つと考えることができます.なぜでしょう?

 「気」・「血」・「水」は体内にある3種の物質要素を表しますが,現代科学的な物質の 概念とは違い,体内で働く3種の機能要素を象徴する意味合いが強いと言えます. 「気」の機能は,体内のあらゆる仕組みを活発化させ,維持する力を与えることです. 具体的には,体内で使われるべき物質やエネルギーを作りだし,全身に流通・供給させ,各組織における物質やエネルギーの代謝を進め,一方,物質やエネルギーが むやみに体外に放出されないように,また,体外から異物や病原体が侵入しないように守るなど,様々な活動の仕組みを動かし支える力になるのが「気」の働きです. 「血」はあらゆる物質を全身に流通させる実際の担い手で,各組織に栄養素や水分を供給する機能があります.「水」の機能は各組織における内部環境としての体液を 十分に維持し,休養の仕組みを安定させ,活動の仕組みが行き過ぎないように抑制をかけて静めることです.このように,「気」・「血」・「水」の役割を噛み砕いて説明 していくと,相互の関係も自ずとわかってきます.

「気」・「血」・「水」の相互の関係

 人体内の「気」・「血」・「水」は相互に依存する関係にあります.各機能を正常に 果たすためには,3要素の相互の協力が必要です.上記のように,「気」は体内のあらゆる物質の生成・流通・分布・代謝・保持に不可欠です.したがって,「血」と 「水」という物質を体内で作りだし,全身の隅々にまで送り込み,役割を果たさせるためにも「気」の協力が不可欠で,さらに,「血」と「水」の新陳代謝を順調に進めつつ, 無用に体外に失われないように保つためにも,十分な「気」の働きが必要です.

 逆に,「血」や「水」が不足すると,各組織への栄養供給が不十分で,内部環境の 体液条件も悪くなるわけで,「気」の働きの停滞・失調を引き起こし,または,「気」の機能に抑制が効かず,過亢進・オーバーヒート状態へとつながります.

 「血」は「水」を原料の一つとして作られ,「血」と「水」はともに脈管内を循環して栄養素と水分の供給の役割を担っています.現代医学においても,正常な血液循環 のための血中水分量の重要性が認識されていますが,「水」は「血」の一部とまで言われるような,相互に依存し協力し合う密接な関係にあります.このため,「水」 が不足すれば,「血」の不足や停滞を引き起こしやすく,回復しにくい条件を与えることにもつながると予想できます.

理論から予想できる生脈散の作用

 生脈散の3種の配合生薬から1字ずつ取って付けた「麦味参」の名称は,字の配置 がそのまま,人体の2要素にまたがって作用する配合のあり方を象徴しています.麦・味・参の一方の端にある人参は,甘味と温熱性で補益して活発化させる薬性から,「気」の働きを助ける作用をもたらし,他方の端にある麦門冬は,甘味と寒涼性で補益して安定化させる薬性から,「水」の働きを助ける作用をもたらします.両者の間にある五味子は,酸味で収斂して保護する薬性から,「気」と「水」の両方の働きを助けるための補佐になります.対称な配合がバランスのとれた薬効につながります.

 「気」・「血」・「水」の相互の関係を意識しながら生脈散の作用を考えると,特徴を生かした応用領域が視野に広がります.過労・病後・虚弱・高齢のために体力・免疫力・内臓機能などが低下した状態に対して,活動の仕組みを支える「気」を補いつつ,オーバーヒートにならないように,休養の仕組みを保つ「水」も補います.あるいは,猛暑・運動による発汗で脱水を起こした状態,体質・習慣・持病で水分が不足しがち,皮膚・粘膜が乾燥しやすい状態に対して,「水」を補って各組織を潤すとともに,「気」を補って潤いを必要な部位にまで届けて保つための力を与えます.以上が,生脈散の直接的な作用から考えられる基本的な適応対象です.

 また,「血」の不足や停滞を改善する場合でも,「気」や「水」の不足が「血」の回復や流れの正常化を阻んでいる状況では,生脈散が改善のための有力な手段になります.さらに,「血」の不足や停滞から起こる疾患を予防する意味で,「血」の生成・流通・保持の働きを支える「気」を充実させ,「血」が安定した役割を果たすための環境条件を整える「水」も充実させることで,生脈散の長期の服用が健康維持に役立ちます.

もう一つの適応対象「陰虚」とは何か?

 中医学における生脈散のもう一つの適応対象の表現に「陰虚」があります.日本では「陰虚」の正しい意味は広く知られていません.そこで,「陰虚」の体質要素をもつ人が少なくないにもかかわらず,その健康への影響,注意すべき用薬,改善の方法など,ほとんど理解されず,意識が高まっていないのが日本の現状です.

 「陰虚」とは「陰」の不足を意味しています.「陰」とは,人体を構成するあらゆる物質や働きの中で,「陽」的なものと対比して捉えられるべき,「陰」的な物質・機能要素を表しています.これまで説明してきた「気」・「血」・「水」の中では,「血」と「水」が「陰」に属する物質要素です.活動・休養,動かす・静める,活発化・安定化と表してきた機能や働きの中では,休養・静める・安定化の働きが「陰」に属します.したがって,「陰虚」は,人体の「血」と「水」が不足し,各組織の栄養素と水分が消耗した状態です.同時に,休養の仕組みや,静めて安定化させる働きが弱まるために,活動の仕組みや,動かし活発化させる働きを抑制できず,各組織の機能が過亢進・オーバーヒートしやすい状態でもあります.症状としては,皮膚・粘膜の乾燥や舌上の裂紋のような,栄養と潤いの消耗の現れと,のぼせ・ほてり・紅潮のようなオーバーヒートの現れが同時に見られることが「陰虚」の状態の特徴です.

 「陰虚」を改善するための代表方剤は六味地黄丸です.これは地黄を主薬とする方剤で,「腎」に蓄えられている生命力の根源である「精」の減少に起因する「陰」の不足を適応対象の中心にしています.男性は40歳,女性は35歳以上になると,誰でも「精」は減少に転じるとされ,影響は「肝」や「心」にも及ぶので,各系統に派生した「陰虚」の付随症状が現れます.それに対応して,適切な生薬を配合した八仙丸,杞菊地黄丸,瀉火補腎丸,耳鳴丸,天王補心丹などを使い分けることができます.

 生脈散は,狭義では「心」と「肺」が主な適応範囲ですが,「陰」の生成・分布・保持を助ける「気」も補う特徴を生かすことで,「肝」や「腎」の系統の「陰虚」の改善にも役立てることが可能で,活用を待っている広範な分野が開けていると言えましょう.