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No.65 呼吸器への沈降の薬性に寄与する辛温薬

 「蘇子降気湯」という,宋代の公定書を原典とする漢方処方があります.咳・痰・喘鳴・呼吸困難・胸苦しいなど,いわゆる喘息などの症状に適応されます.穂先ごと食用にも使われる,シソ科のシソ(紫蘇)の果実(または種子)「蘇子」と,サトイモ科のカラスビシャクの塊茎「半夏」が主要成分です.この2生薬は「肺」・「脾」・「胃」・「大腸」に作用し,主要な薬性の尺度としては,発散・昇浮につながる辛味・温熱性を持ちながら,実際の薬効をもたらす薬性としては,沈降の薬性が勝っています.これは,2生薬の作用対象である呼吸器と消化器の臓腑が起こしている生理機能の仕組みに,昇浮・沈降の両方向に対応する働きが複雑に組み込まれ,依存・協力関係にあるためと考えられます.

 漢方理論によれば,口から入った飲食物は,「胃」の力によって消化管内に受け入れられ,流動物状にされて下方へ送られ,「大腸」から便として排泄されます.この間,「脾」の働きによって栄養素と水分が体内に吸収され,上方に(肺循環を経由するため)送られ,「肺」による外方に向かう力を受けて(体循環で)全身に散布・供給されます.一方,外気から酸素を取り入れ,余剰の水分を集めて泌尿器に送るために,「肺」による内方・下方へ動かす力も働いています.

そこで,「蘇子」と「半夏」の辛味と温熱性による発散効果で,全身への水分の散布の働きを助ければ,気道粘膜の無用な粘液分泌・痰生成・浮腫も軽減し,通気の障害が除去されるわけで,酸素の取り入れを楽にする沈降に寄与する薬性が説明できます.