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No.76 穏やかに発散させて疎通を改善する生薬

 キク科植物オナモミは,日本でも古来知られる野草で,果実にはカギ状のトゲがあって衣服にくっつくので,子供の遊び道具になり,マジックテープ発明のヒントとも言われています.

 漢方では,成熟した果実を「蒼耳子」と称し,唐代(7世紀)から医学書に生薬としての記載があります(名称は蒼色で耳形の葉に由来).宋代(13世紀)の方剤書には,「蒼耳散」という名処方の配合生薬として「蒼耳子」が採用されました.現代医学的には副鼻腔炎に相当する「鼻淵」を治すため,漢方的なマクロの視点で「蒼耳子」の薬性を活用する原点になりました.

 「蒼耳子」は,甘・苦味で温熱性の生薬に特有な,穏やかに発散させ,乾燥させる薬性があります.刺激の強い辛味や芳香の生薬より発散させ過ぎず,消耗させないのが特徴です.この薬性は,主に「肺」系に作用し,下から上へ,内から外へ突破させる(昇浮の)適度な力を湧き起こします.体表・上部に取りついた「風」や「湿」の邪気(発病要素)を吹き飛ばし,内部に侵入した邪気をけちらし,体内の疎通の改善と阻害された機能の回復に役立ちます.

 そこで,「蒼耳子」は,感冒・慢性鼻炎・副鼻腔炎などによる頭痛・鼻閉・鼻汁・嗅覚減退,皮膚の発疹・痒み,四肢・体幹の痛みの解消のため,広く選用される生薬になりました.

 現代の中成薬「鼻淵丸」は,「蒼耳散」を基礎として,穏やかな「蒼耳子」を増量して主薬にすえ,辛味・芳香の「辛夷」を補助薬にした,「鼻淵」治療のための進歩した改良処方です.

大熊薬局 大熊俊一先生<大熊俊一 オオクマ トシカズ>
1980年 東京薬科大学卒業。薬剤師試験合格。
1981年 同大学第2薬化学教室助手。
1982年 同退職後、研究生。
1987年 同大学に学位論文を提出し、審査・試験に合格し薬学博士を取得。
1991年 有限会社大熊薬局代表となる。
掲載紙名:両毛新聞(3ヵ月に1回)(No.47までは月1回)